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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1805号 判決

控訴人 大橋栄一

被控訴人 国

訴訟代理人 武田正彦 ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、当裁判所は、控訴人の本訴請求は、控訴人が当審において新たに提出した全訴訟資料をも加味し総合して勘案しても、理由がないと判断するが、その理由の詳細は次のとおり付加訂正するほかは、原判決の理由欄に記載のとおりであるから、これを引用民法一八五条する。

ただし、原判決六枚目表五行目および同裏五行目の「尋問の結果」とあるをいずれも「原告本人尋間の結果」と訂正し、同裏七行目の終りに「〈証拠省略〉も右認定を妨げるものではない。」を加える。

二、なお、控訴人は、当審において、前記のとおり、控訴人の被相続人大橋モトは昭和二〇年五月空襲によつて以前居住していた家屋を焼失したため、所有者不明の土地であつたので、本件土地で居住をはじめるようになり、昭和二〇年六月頃本件土地上の家屋に巡廻してきた高井戸駅前交番の長島巡査の言を信じ、自分のものになると思つて、その時から自主占有の意思を生じさせたと主張するが、前記引用に係る原判決理由二の事実に照し大橋モトが昭和二〇年六月ごろからひきつずき本件土地を自己所有地だと信じていたという控訴人主張の事実はとうてい採用できないのみならず、そもそも控訴人のこの主張によれば、本件土地の占有の当初大橋モトの本件土地の占有は所有の意思なきものであることは主張自体明らかである。従つて、これが自主占有となるためには、仮にモトが右のように長島巡査の言を信じ自分のものになると信じたとしても、モトは昭和三三年一二月ないし同三五年ごろは本件土地は都有地であると思い込み、また昭和四四年一〇月には本件土地が国の所有であることを知つたことは〈証拠省略〉により明らかであるから、民法一八五条の類推適用により東京都もしくは国に対し所有の意思あることを表示するか、または新権原により更に所有の意思をもつて占有をはじめるにあらざれば、その占有は性質を変じないものというべきである。なんとなれば、所有の意思は当該占有を生じさせた原因たる事実(占有権原)の性質によつて客観的に定まると解するのが相当であるからである。しかし、このようにして占有が性質を変じたことについては、控訴人はなんら主張・立証しないところである。よつて、以上のような理由からも、モトの占有が自主占有であるとはいえず、自主占有をしたことを前提とする訴控人の本訴請求は理由がないものといわなければならない。

三、なお、大橋モトが昭和四八年二月六日死亡し、控訴人大橋栄一が大橋モトを相続したことは当事者間に争いがない。

そうすれば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当で、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。そこで、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 溝田文彦 真船孝允 鈴木重信)

【参考】第一審判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)が原告の所有であることを確認する。訴訟費用は被告の負担すとる。」旨の判決を求め、

請求の原因として、

一 本件土地は実在するが、公簿および公図上は存在しない脱落地で、国有地であつた。

二 原告は今次大戦で罹災し、昭和二〇年五月二六日から本件土地上の物置を改造して同所に居住し、以後増改築を重ねて、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建住家一棟床面積六二・八〇平方米(現況)を所有して現在に至つている。

三 原告が居住し初めた当時、附近一帯は小川に沿つて広がる草深い茫々たる原野で、人家一軒もなく、土地所有者が誰であるか確かめるすべもなかつた。

戦后、復員、引揚、疎開等の人々が遂次附近に住みつくようになつたところ、本件土地の所有権を主張する者がないため、原告は自分の永住の地と定め、所有の意思をもつて庭を作り、土地を開墾して野菜畑を作るなどして占有してきた。

四 以上からして、原告は遅くとも昭和二〇年九月一日ごろから自己の所有する意思で善意、平穏かつ、公然と本件土地を占有しているから、前記日時から二〇年の同四〇年八月三一日の経過とともに、時効により右土地の所有権を取得したというべく、本訴において右時効を援用する。

しかるに、被告は原告の所有権を争つているから、本件土地が原告の所有であることの確認を求める。

被告の主張に対し、

一につき。本件土地に傾斜面はあるが、原告はこれを畑として使用しており、原告所有家屋の敷地附近は可成りの平担地である。

二につき。原告が再三東京都または国に対して払下げの請願をしたことは認めるか、これは本件土地の周辺の土地につき払下げを受ける者が相次ぎ、自分の占有土地か第三者に払下げられるおそれがあつたため、右請願をしたまでのもので、むしろ引続き本件土地を所有しようとする原告の意思の表現である。と述べ、立証として〈証拠省略〉の成立を認めると述べた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、

答弁として、

請求原因事実中一は認める。二は、原告主張の建物が現存していることは認めるが、その余は不知。三は、原告か所有の意思で本件土地の占有を継続していたことは否認し、その余は不知。四は、占有の始め善意であつたことおよび占有の継続は否認し、時効により所有権を取得した旨の主張は争う。

主張として、

原告は本件土地に対し占有の事実はなく、また、これにつき所有の意思もなかつた。すなわち、

一 本件土地は公道(巾員二・七八米)の路肩に接した後五〇度の傾斜地で、南北は民有地に接して細長く伸びた平均約七米の帯状の崖地であり、原告外二世帯が居住する北方の一部分を除いては、雑木が繁茂し、ゴミ捨て場のような急斜面であるから、原告が本件土地全部につき占有した事実はない。

二 原告は、本件土地が昭和二二年一二月ころ都有地であることを知り、同三三年一二月ころと同三五年ころの二回にわたり、東京都の担当官に原告の前記建物の敷地部分の払下げについて折衝を続け、その后これが国有地であることがわかり、同四四年一〇月二九日大蔵省関東財務局長に対し、右敷地部分の払下げを請願している。

以上によると、前記敷地部分につき原告の占有が仮に認められるとしても、他人である東京都ないし国の土地を使用しているという認識に基づく占有意思であり、自主占有とはいえない。と述べ、

立証として〈証拠省略〉は不知と述べた。

理由

一 請求原因一の事実および本件土地上に原告主張の建物が現在存在していることは当事者間に争いがないところ、〈証拠省略〉を総合すると、本件土地は、別紙土地測量図から一見して明らかように、巾員約四米の公道に沿う細長く伸びた区域で、東側は郵政省共済グランド、西側は右公道を隔てて明治生命グランドと人家に囲まれており、北側に位置する前記建物の敷地部分とその周辺が平坦になつているほかは、全般に公道から下方に可成りの急傾斜をなしており、雑木が点在するほか、一面に雑草が生えていること。原告は昭和二〇年五月戦災に罹たつたため、同年六月二五日ころから物置を改造してこれに居住するようになり、これが増改築の結果現況のような前記原告居住の建物になつたところ、その敷地部分も当初は傾斜面であつたのを原告が土盛りをして平坦にしたこと。原告が居住を初めた当時は、本件土地の北側に接して人家が一戸ある以外、附近一帯は草むらであり、同三三、四年前記共済グランドが出来るまで同所は田であり、明治生命グランド附近も畑であつたこと。原告は前記居住を始めて以来、自分の家の周囲に野菜畑を作り、また、さつま芋、じやが芋、小麦なども附近の土地を開墾して作つたこと。以上の各事実が認定でき、他にこれを左右すべき証拠はない。

二 ところで、原告が昭和三三年一二月ころと同三五年の二回にわたり東京都の担当官に対し、同四四年一〇月二九日大蔵省関東財務局長に対し、原告の前記建物の敷地部分を含む土地につきこれが払下げの請願、折衝をしたことは当事者間に争いがなく、(証拠省路)によると、右の請願は、原告が永年借地料も納めずに使用していることが心苦しいから、従前の使用土地の払下げを受けたいとの趣旨であり、前掲伊藤証言および尋問の結果中にも、原告の気持として同趣旨の供述がなされている。そして、右払下げの土地の面積が一二二坪と本件土地の約三分の一すぎないことも、〈証拠省略〉から明らかである。

三 以上認定したところによると、原告が本件土地のうち、前記所有建物の敷地部分とその附近を昭和二〇年六月末ころ以来占有してきたことは明らかであるが、その主張するように、右占有部分を含めて本件土地を全般にわたり、かつ、自己の所有する意思で占有してきことは、本件土地の位置、地形、周辺土地の状況、特に前記請願書により払下げを求める趣旨とその対象地域からして、これを認定することは困難であり、〈証拠省略〉中原告の右主張に沿う部分は採用できず、他にこれを認めるべき証拠はない。

四 よつて、原告の時効による所有権取得の主張は採用できず、他にこれが取得原因について主張・立証のない本件では、原告の本訴請求は理由がないから棄却を免れず、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎啓一)

別紙土地目録及び測量図〈省略〉

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